ぺこまるの「介護が始まるよ」

2023年5月に父が倒れ、同時に母も認知症に。介護前哨戦の記録。(家族信託についてはこの情報を当てにせず、専門家への確認をお願い致します)

母の叫び

 

先週末、最初の面会に行ったとき、母も父もなんだか和やかだった。

それが一転、母の状態が悪くなりつつあるのは既報の通り。

今日は嫌がる私を妻がけしかけて、また二人で訪れたのだが・・・

父が「もう帰ったほうがいいよ」という。

認知症状はギリギリ出ていない感じではあったが、荒れ狂う一歩手前のような怒りぶりだ。

 

「お母さんは、ここでは頭がおかしいってことになっている」

・・・認知症を頭がおかしいというのは認知症の方に失礼

「なんでこんな事になったか、情けない」

・・・意味不明

「もっと狂っていればいいのに」

・・・もっと抵抗するでしょうね

「毎日窓を見ているか、トイレに行くかの生活」

・・・レクレーションに参加しないのはあなたの意思。屋上もロビーもある。介護士さんとオセロをしてもいい。テレビを見てもいいし、本を読んでもいい。引きこもっているのはあなたの意思。

「常に誰かが監視している」

・・・介護士さん、ありがとうございます。

「お風呂も誰かが監視している」(誰かがって・・・)

・・・風呂場は危険がいっぱい

「勝手にタンスを開けられた」

・・・開けるのが大変なのでは?という介護士さんの配慮

「お湯を貰いに行こうとしても誰かが手伝おうとする」

・・・なんてやさしい

「勝手に人が入ってくる」

・・・定期的な安否確認

「誰も来ない」

・・・まだ一週間、あなたには友達がいない。実家では誰か来たのか?

「去年の夏におかしかったことは反省している」

・・・反省する必要はない。好きで認知症状が出てワケではないだろう

「お医者さんに認知症という判子を押してもらったから」

・・・ハンコってなんだ?CTの結果だ。

「◯◯(弟)はしらんぷり」

・・・◯◯が来たら罵詈雑言を浴びさせらるだけ

 

涙ながらに語るのは、全て状況の説明で、「だから帰りたい」など自分の意志は絶対に言わない。

いつものことだ。

責任が持てないことを知っているのだ。ずるい。

あちらのペースに乗せられてはいけない。同じ土俵で戦わないようにしなくてはならない。

たとえば「この施設で一番元気って言われた」という主張に「ああ、母をここに入れたことは時期尚早だったか」などと反応するのは思うツボなのだ。それは、母が自分の口で主張するべきなのだ。

ちなみに、この施設では母と同じ介護度(要介護1)の人が11人、母より軽度な人(要支援1,2)が4人いらっしゃる。その気になれば話し相手はいる。

上記の母コメント全てに反論はできるが、してもなんにもならないので、ただ傾聴に徹する。

この、状況だけ説明して相手に「悪いことをした」と思わせようとするのは老人一般の傾向なのか?母だけの傾向なのか?

 

散歩に連れ出すことは必要だろう。

「普通の人と同じように意識はあるの」

という言葉だけ、頭に引っかかった。

 

父が倒れる前の生活を母は覚えているのだろうか。母も殆ど寝たきりのような状態だった。外出もほとんどしていない。母は施設に入ったことにより、以前の生活をファンタジーで彩っているようだ。

 

「お母さんには父の面倒を見てほしい」というと、「お父さんはなにか話しかけると命令ばかりしてくる」と憤慨する。(ここでも「命令してほしくない」とは言わない)

 

この日記だけ読むと、いかにも我々が老人虐待をしているように見えるかもしれないが、父が母と一緒に施設に入りたいといったのを承諾したのは母。一人暮らしの間中「お父さんがお父さんが」と父がいないことを力説していたのも母。父をケアするためという話も老人ホームでは行動が限られることも、すべて納得済みでここまで来たのだ。私の方こそ裏切られたと感じた。

仕方がないのだ。自宅介護にしても24時間だれかが母を監視しなくてはならないのだ。行動もご自由にというわけには行かない。

 

とは言え、母の気迫と状況説明に、こちらも大きなダメージを受けた。

新規で入居する人は多くがこんな感じなのだろうかとも思う。施設長やケアマネに相談すれば打開策や当座のやり過ごし方が見えてくるかもしれない。

 

広いとは言え、同じ部屋なので話の一部始終は父に聞こえていたらしい。

ぼろぼろな声で「反省しています」と父は語った。

先週、父が「靴が合わない」とぶーたれていたことを忘れてしまうほどの出来事だった。