いよいよその日になった。父から母に老人ホームへ行く旨を伝える日。父には私と弟から頼み込んで意志を伝えてもらうことになった。
「老人ホームへ行くぞ」「一緒に来てくれ」「そばに居てくれ」
をしっかり言ってもらう。父は母が泣き出すんじゃないかと心配し、私に同席を依頼した。
で、当日・・・
まずは母のいつもの与太話
・確定申告がおかしい。来年の税金に響くからちゃんとやらないと。
・確定申告の戻り金のハガキが怪しい。誰かが偽造した。
・確定申告の戻り金が入金されていない。→3回目。入金されている。
・医療控除の額がおかしい→5回目。父のミス?と確認済み。
・税務署に行こうとした。
ネットも書籍もないのに、呆れるほど確定申告に詳しい。何度も難解な役所の文書を読んでいるのだろう。何度も同じことを言い出す点は狂っていたときと変わらず。しかし「誰かが偽造した」以外は正常な人と同程度の悩みだ。確実に平常に戻っている。
面会
珍しく愛想のない介護士さんに案内されて、何故か今回は面会室ではなく父の部屋での面会となった。痩せた父に比べると母はかなり正常に見える。なにより父の表情が気になった。能面のようにのっぺり無表情なのだ。まずい。これは認知症の症状ではないか。
父「久しぶりだな、元気か」
母「元気です」
お互い感激し、泣き出すでもなく淡々としていいる。
父が切り出した。
父「高齢者マンションへ引っ越します。老人ホームへ引っ越します。」
母「・・・」
父「意味わかってるか?聞こえてるか?」
母「高齢者マンションに引っ越すんですね」
父「ぺこまるがホームを探してくれているから」
母「はい」
父が説明するも、無表情で聞いている母。内容が母の頭に入っているのかがわからない。
母「今の家はどうするんですか?」
父「処分します」
母「わかりました」
泣き出すんじゃないかという杞憂をよそに平然としている母。
父「ホームが病気に対応しているかが問題だな」
母「ストーマの予備がまだあるんですけど」
話をすり替える母。
こんな具合に、ドラマチックな展開もなく通告はあっけなく終了。あまりにも母が無反応で、父と私はどうしていいか分からず逆にうろたえた。「家がなくなっちゃうんだよ?いいの?」などと混ぜ返す気も起こらず面会終了。
このあとの帰り道の話題は相変わらず「確定申告がおかしい」に終止。老人ホームへの引っ越しのほうが遥かに重要なトピックなのに、現状認識機能の低下か?母の頭に老人ホーム行きを叩き込む必要がありそうで、時期を見て母を老人ホーム見学に連れて行くなど、対策を考えなくてはと考えさせられた。
実は、この母と二人の時間を私は恐れており、老健の最寄り駅まで妻に迎えに来てもらっていた。ありがたい。
私より早く母は妻を見つけると、大喜びに喜んだ。父と会った時、あんなに平然としていたのに、踊りだしそうな喜び方だ。今までの確定申告の話はせず、夏野菜を使った料理の話などをしだした。驚いた。料理、再開しているのか・・・料理などもうできないと思ってホームの話を勧めていたのでここでも目算が狂った。あまつさえ「お父さんが返ってくるから料理を再開しないと」などと言っている。父の「老人ホームへ行くぞ」は全く頭の中に入っていないのか。
実家の最寄り駅で母が「旅行に行きたいわね〜」と言っていた。これだけ元気な人をホームに押し込んでいいのか。考え込んでしまう帰り道であった。
父の能面のような表情も気になる。母より先に父の口座がロックされてしまう可能性が出てきた。現在は母の口座がロックされる前提で段取りを進めていたが、どうなってしまうのか。
あっちを立てればこっちがメタメタになる。複雑なゲームについていけない。